芥川龍之介 案頭の書
天は孝子に幸福を与へず。孝子に幸福を与へしものは何人かの遺失せる塩竹の子のみ。或は身を売れる一人娘のみ。作者の俗言を冷笑するも亦悪辣を極めたりと云ふべし。予はこの皮肉なる現実主義に多少の同情を有するものなり。唯唯作者の論理的頭脳は残念にも余り雋鋭ならず。「餓鬼聖霊会を論ずる事」の如き、「寺僧病人問答の事」の如き、或は又「仏者と儒者渡唐天神を論ずる事」の如き、論理の筆を弄したるものは如何に贔屓眼に見るにせよ、概ね床屋の親方の人生観を講釈すると五十歩百歩の間にあるが如し。因に云ふ。「古今実物語」は宝暦二年正月出板、土冏然の漢文の序あり。書肆は大阪南本町一丁目村井喜太郎、「古今百物語」、「当世百物語」号と同年の出版なりしも一興ならん乎。