田村昇士のブログ

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芥川龍之介 案頭の書

 この話は珍しき話にあらず。鈴木正三すずきしやうざうの同一の怪談を発見し得べし。唯※(「王+睿」、第3水準1-88-34)ほくせんはこの話に現実主義的なる解釈を加へ、超自然を自然に翻訳ほんやくしたり。そはこの話にとどまらず、安珍あんちん清姫きよひめの話を翻訳したる「紀州きしう日高ひだかの女山伏やまぶしを殺す事」も然り、くずの話を翻訳したる、「畜類人とちぎ男子をのこを生む事」も然り。鉄輪かなわの話を翻訳したる「妬女貴布禰明神とぢよきぶねみやうじんに祈る事」も然り。殊に最後の一篇は嫉妬のおににならんと欲せる女、「こはありがたきおつげかな。わがぐわん成就じやうじゆとよろこび、其まま川へとび入りける」も、「ころしも霜月しもつき下旬の事なれば、(中略)四方よもは白たへの雪にうづみ、川風はげしくして、身体しんたい氷にとぢければ、手足もこごへ、すでにいきへんとせし時、」いつしか妬心としんを忘れしと云ふ、誰かこの残酷ざんこくなる現実主義者の諧謔かいぎやくに失笑一番せざるものあらん。