田村昇士のブログ

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2014-01-17から1日間の記事一覧

伊藤野枝 転機

と思い出したように教えてくれる。もとは、この土地に住んでいた村民の一人だというその男は、この情ないような居村の跡に対しても、別段に何の感じもそ そられないような無神経な顔をして、ずっと前にこの土地の問題が世間にかれこれいわれた時のことなどを…

伊藤野枝 転機

「本当にね。ずいぶんひどい荒れ方だわ。こんなにもなるものですかねえ。」 「ああ、なるだろうね、もうずいぶん長い間の事だから。しかし、こんなにひどくなっていようとは思わなかったね。なんでも、ここは実にいい土地だったんだ そうだよ。田でも畑でも…

伊藤野枝 転機

そういったなりで、後の言葉がつづかなかった。ひどい! という言葉も、私が今一度に感じた複雑な感じのほんの隅っこの切れっぱしにすぎないとしか思え ないような、不満な思いがするのであった。冬ではあるが、それでも、こうして立っている足元から前に拡…

伊藤野枝 転機

彼はさも、何でもないことを大げさに信じている私達を笑うように、また私達をそう信じさせる村民に反感をもってでもいるように、苦い顔をしていい切ると、またスタスタ先になって歩き出した。 いつのまにか、行く手に横たわった長い堤防に私達は近づいていた…

伊藤野枝 転機

「別に用というわけではありませんが、じつはここに残っている人達がいよいよ今日限りで立ち退かされるという話を聞いたもんですから、どんな様子かと思って――」 「ははあ、今日かぎりで、そうですか、まあいつか一度は、どうせ逐い払われるには極まったこと…

伊藤野枝 転機

ようやく、向うから来かかる人がある。待ちかまえていたように、私達はその人を捉えた。 「さあ、谷中村といっても、残っている家はいくらもありませんし、それも、皆飛び飛びに離れていますからな、何という人をおたずねです?」 「Sという人ですが――」 「…

伊藤野枝 転機

「谷中村ですか、ここを右に行きますと堤防の上に出ます。その向うが谷中ですよ。ここも、谷中村の内にはなるんですがね。」 一人の男がそういって教えてくれると、すぐ他の男が追っかけるようにいった。 「その堤防の上に出ると、すっかり見晴らせまさあ。…

伊藤野枝 転機

土手の蔭は、教えられたとおりに河になっていて舟橋が架けられてあった。橋の手前に壊れかかったというよりは拾い集めた板切れで建てたような小屋がある。腐りかけたような蜜柑や、みじめな駄菓子などを並べたその店先きで、私はまた尋ねた。 小屋の中には、…

伊藤野枝 転機

その思いがけない景色を前にして、私はこれが長い間――本当にそれは長い間だった――一度聞いてからは、ついに忘れることの出来なかった村の跡なのだろ うと思った。窪地といってもこの新しい堤防さえのぞいてしまえば、この堤防の外の土地とは何の高低もない普…

伊藤野枝 転機

+目次 一 不案内な道を教えられるままに歩いて古河の町外れまで来ると、通りは思いがけなく、まだ新らしい高い堤防で遮られている道ばたで、子供を遊ばせている老婆に私はまた尋ねた。老婆はけげんな顔をして私達二人の容姿に目を留めながら、念を押すように…